2009年06月29日

社会が近代的な状態になること

近代化(きんだいか)とは、社会が近代的な状態になること。社会全般の産業化がその前提となる。国民国家・民主主義・資本主義・合理主義などの諸現象や諸制度をともなう。
近代化とは、産業化を中心として、それに関連した政治的・社会的・心理的その他、さまざまな変化の総体を指す。産業化は、ニュートンの科学革命以来の科学技術の成果を系統的・累積的に活用して、生産力はじめ環境をコントロールする能力を高めていく過程でもあり、その本格化は18世紀後半のイギリスに始まった。いわゆる産業革命である。やがて、その動きはヨーロッパ大陸や北アメリカに伝わり、19世紀後半から20世紀初頭にかけてはロシアや東欧、日本もその動きに加わって、20世紀後半には全世界を覆うこととなった。
スキューバダイビングに挑戦!
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16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパでは、イタリア戦争やユグノー戦争、三十年戦争など各地で戦争がつづいたが、その間、強国は領土を広げ、財政と軍備を整えて、海外に進出して、植民地を広げた。こうしたなか、新しい国際秩序ができあがった。ウェストファリア条約体制(主権国家体制)がそれであり、そこでは主権を主張する国は、宗教や文化の違いをこえて対等な外交交渉をおこない、戦争のルールを定め、勢力の均衡をはかった。また、ウェストファリア条約では、神聖ローマ帝国内の各領邦は主権を認められ、オランダとスイスの独立も正式に承認された。

2009年06月11日

ナラティブベイスドと社会構成主義

科学的実証主義の医学を標榜するエビデンスベイスド医学(Evidence Based Medicine: 略称EBM)の精神医学領域における限界を克服すべく、その対抗概念としてナラティブベイスド医学(Narrative Based Medicine: 略称NBM)として近年、注目を集めている。

方法論が厳格に規定されているわけではなく、「ナラティヴ・セラピー」という語自体、社会構成主義の一つの医学的姿勢あるいは思想的立場を指しているニュアンスも濃い。

 社会構成主義とは、現実は人々のコミュニケーションの間で言語を媒介にして構成されるものであって、「客観的真実」や「本質」などというものは存在しない、という立場である。芥川龍之介が『藪の中』でテーマとしている世界観であり、ラカンのいう象徴界としての社会という考え方にも通じる。
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アジアの歴史
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紅茶伝説
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クロマトグラフィ
軟体動物
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物語とセラピー [編集]
物語という概念は、ナラティヴセラピーを考える上で鍵となるものである。私たちは過去の体験を語るとき、それは巧拙を問わず「物語」として語る。また他人の経験も「物語」として把握する。さらに人は物語」を演じることによって人生を生きているともいえる。また、古典的な精神分析などにおいては物語は解釈である。

フロイト派もユング派も、かつての精神療法は、治療者はクライエントの一段上に立っており、間違った物語に囚われている患者を、治療者が正しい物語へと導く、という進展が一般的であった。しかし、社会構成主義によれば、どのような物語になるかは平等な主体どうしの主観の持ち方、すなわち「ものの見方」の問題であり、「正しい」物語も「間違った」物語もなく、ましてやどのような主観にも依拠しない「客観的な」立場から見た解釈や物語も存在しない、ということになる。

治療者と被治療者の平等 [編集]
そもそも患者のことをクライエントと呼ぶようになったこと自体、治療する者とされる者は人間として平等で対等であるという認識に基づく。よって、治療者の役割はクライエントとの対話によって新しい物語を創造することとなり、セラピーの目標は、問題を解決することではなく、新しい物語・解釈による新しい意味を発生させることによって、問題を問題でなくしてしまう、ということに置かれる。

また、治療者の持つべきスタンスも、「病める人々や社会を救いたい」という正義感ではなく、「患者を治す」といった昔ながらの「医は仁術」的な使命感でもなく、愛や親切でもなく、目の前にいるクライエントに対する好奇心である、とされる。

批判 [編集]
しかし、日本の現状では、こうした精神医療にたどりつくクライエントたちは、旧来然たる「患者」として「治療者」に「治してほしい」と欲している場合が多く、治療者の側が一方的にポストモダンな平等意識を持っても、それがクライエント側のニーズと適合していなかったり、通じなかったり、かえって「多額な費用を払ったのに、何もしてくれなかった」というような不満に結びついている実態もある。こうした実態に根ざした批判が存在する。

また、精神科医は専門知識に基づいて薬を処方し、必要なら入院を決断するという権力を持っているわけだから、いくら治療者とクライエントは対等だと言ってみても、結局のところそれは言葉だけのもので、じっさいには欺瞞である、という批判もある。

さらに、現在のDSMやEBMのような、患者の固有性を無視した科学実証主義の行きすぎも問題ではあるが、ナラティヴセラピーのようなNBMが行きすぎると、「精神分裂病などというものは存在せず、社会がレッテルを貼っているだけだ」と主張したR.D.レインら反精神医学の過ちを繰り返してしまうのではないか、という批判もある。

2009年06月07日

日本のスクーター史

日本で本格的に普及した最初のスクーターは、1947年(昭和22年)に富士産業(現:富士重工業)が製造を開始したラビットである。翌1948年(昭和23年)には中日本重工業(現:三菱重工業)がシルバーピジョンの販売を開始した。

当初は5インチ程度の小径タイヤに2馬力の非力なエンジンで、サスペンションもごく単純なものしか備えられていなかったが、国内の道路状況の改善と共に急速に進化し、国民の足として活躍するようになった。

1950年代には三光工業のジェット、平野製作所のヒラノ、東昌自動車工業のパンドラ、宮田製作所のミヤペットなど大小各社が参入したが、スクーター市場はラビットとシルバーピジョンの2社がリードしており、メグロやキャブトンといった戦前からのオートバイメーカーは参入しなかった。
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現在もオートバイの製造を行っているメーカーとしてはホンダがジュノオ、ヤマハがSC-1とそれぞれ発売した。ジュノオはFRPを用いた全天候型のボディと片持ち式足回り(ジュノオKB型、1954年)、バダリーニ型無段階変速機(ジュノオM85型、1962年)などを装備、1960年のSC-1は当時のライバル、ラビット・スーパーフロー型を上回る動力特性(2ストローク、10.3馬力)と流体式トルクコンバータを備え、ジュノオ同様に片持ち式足回りを採用した。だが1958年(昭和33年)発売のスーパーカブがその低価格と高性能により3年あまりで生産台数100万台を突破した時代であり、両社ともに続く製品をスクーター市場に投入することはなかった。

年代に入ると、四輪自動車の普及とスーパーカブなどの台頭に伴いスクーター市場は減少した。シルバーピジョンが1964年(昭和39年)に、ラビットが1968年(昭和43年)に生産を終了すると、日本国内にはスクーターを製造販売するメーカーが存在しない時期が訪れる。

2009年04月24日

多くの部族が存在し

一括りに呼ばれることも多いこれらの人々ではあるが、実際には多くの部族が存在し、また部族に固有の文化形態や社会様式を持つことから、さまざまな時期にさまざまな経路を通って段階的に渡来した人々の末裔であると考えられている。

ただ、このことを強調し、「インディアンも白人と同じように、北米大陸の外から来たんじゃないか」として、白人に土地収奪正当化の言質を取られることが多く、「先住民」としての伝承文化、独自性を台無しにされるとして一般的にこの話題はインディアンには嫌われている。上記の「ファースト・ネイション」の「ファースト」には、これを踏まえた「最初からいた人たち」という強い意味を含んでいる。

人種的にはモンゴロイドの系列にあり古モンゴロイドに分別される(イヌイットとエスキモーなどを除く)。アラスカ、カナダ、アメリカ合衆国北部の部族は肌の色が赤黒く鼻筋が通り高く盛り上がっており鷲鼻である人が多い。一方、アメリカ合衆国南部、中南米においては東南アジア人に似た部族も存在する等、一様ではない。また、ヨーロッパ人(コーカソイド)との混血、アフリカ黒人(ネグロイド)との混血が進んだ部族も存在し、とくに中南米の純血な先住民はほぼ絶えている。

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なお、頭にワシの羽をつけ顔に化粧をするといったステレオタイプは、主に西部劇に登場する大平原のインディアンの儀式の際の姿を参考に、撮影所の美術係がデザインしたスタイルが元になっている。この映画に登場するステレオタイプは非インディアンの間で余りにももてはやされたがために、本来羽根冠の習俗のない部族にまで、このスタイルが採り入れられるようになっていった。初期のハリウッド映画では専ら白人開拓者の敵役とされたが、後年は逆に英雄視する作品が増えた。

インディアンは白人たちから「高貴な野蛮人」などと呼ばれ、しばしば米国のロマンティックなシンボルとして用いられてきた。インディアンの言葉に由来する名前は、米国の地名や野生動物の名称によく見られる。ニューヨークのタマニー・ホールという民主党マシーンはインディアンの言葉を政治に好んで用いた。

インディアンの存在が国家の利益の障害であると見なされると、彼らの人権は近代化の名のもとに踏みにじられてきた。しかし自然崇拝を行う・独自の精神文化を持つなど、近代以降の文明社会にある人間が忘れがちな自然との調和を重視する精神性に対する評価は、近年のアウトドアやエコロジーのブームにのって見直される例も多く、さまざまな文化媒体に登場することもあり、これに注目する人も少なからず存在する。

日本において『アメリカインディアンの教え』と呼ばれる詩は、教育者ドロシー・ロー・ノルト(Dorothy Law Nolte)が1954年に創作したものであり、原題は”Children Learn What They Live”という。ノルトはアメリカインディアンではなく、詩もアメリカインディアンの伝承に基づくものではない。邦題はこの詩をノルトの創作と知らずに自著でとりあげた加藤諦三の創作である。

2009年04月06日

ブライアン・マックナイト

ブライアン・マックナイト(Brian McKnight, 1969年6月5日-)はアメリカニューヨーク州バッファロー出身[1]の歌手で作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。ピアノ、リード・ギター、ベース・ギター、ドラム、パーカッション、トロンボーン、チューバ、フレンチ・ホーン、トランペットといった楽器の演奏もする。
バイオグラフィ [編集]
ニューヨーク州バッファロー生まれ。5人兄弟の末子として音楽一家に育つ。テイク6のメンバーのクロード・マックナイトは兄の一人である。幼少時に教会でゴスペルを歌っており、高校時代にはバンドリーダーをしていた。この頃にピアノやギターなどの楽器をマスターしていった。コンピュータ関連の大学に就学するが、傍らデモ・テープを作り上げ、いくつものレーベルにデモ・テープを送り、マーキュリー・レコードと契約する事となる。大学は中退している。1992年にセルフタイトルでデビューする。以降プロデュース業もしていく事となる。尚兄クロードは自分のグループのメンバーの一人が脱退し、メンバー再考の際にデビュー前のクロードを誘うが、彼は断っている。[3]3枚目のアルバムAnytimeは200万枚以上を売り上げ、グラミー賞にノミネートされた。

このアルバムを最後にモータウンに移籍、その第1弾Back at Oneは300万枚以上売り上げた。

彼は多くのミュージシャンと共演しており、ショーン・コムズ、メアリー・J・ブライジ、ヴァネッサ・ウィリアムス、カーク・フランクリン、フォー・リアル、マライア・キャリー、ボーイズIIメン、クリスティーナ・アギレラ、セント・ルナティックス、クインシー・ジョーンズ等が上げられる。

2人の息子がいるが、離婚している。2008年現在はロサンゼルスに在住し[1]、同地のFMラジオ局「KTWV」で朝の番組を担当している。


ディスコグラフィ [編集]
シングルを含めたフルディスコグラフィは英語版を参考に。


アルバム [編集]
Mercury releases
1991: Brian McKnight
1995: I Remember You
1997: Anytime
Motown releases
1998: Bethlehem (Christmas album)
1999: Back at One
2001: Superhero
2003: U-Turn
2005: Gemini
Warner Bros. releases
2006: Ten

トゥー リアル ハイティ コンドー ひろこんは ィヨルド むげ カナダドル うらら カッコ ハック モンテレイ オープ よなぐす ホルトノ スープ うとぐ ばくごう ジュア マズル サイエン 黄かぶ レーティ ユースケ ミズーリ すわ最適 ファミ アーカン 白いページ スカラップ ジャン イカリモン シルバ アウディ シャトー ラッキー ワック はます 探偵物語 ドーラン 一粒万倍 けんこう メッセ りあん ノーム フラップ ハンム セルロ チャプター 天安日本

2009年03月22日

中部国際空港開港後の動き

中部国際空港の開港後、空港特急の利用者が多かったことから開港33日後の2005年3月22日にダイヤを一部改正し、3両編成を6両に増結するなどして対処させたが、それでも朝の空港行や夜の名古屋方面行などが軒並み満席の状態となり、増結のために検査などに充当する予備車がない状態が続いた。特に開港後初の大型連休となったゴールデンウィークは、2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の開催と重なり大変な混雑が予想されたため、本系列はすべて2本連結の6両編成とするとともに1000系や1600系など他の車両についても快速特急として運用するなどして対処した。そのため、名鉄では同年5月23日に1・2次車全編成の中間車10両(3→4両)と3次車として4両編成2本(8両)の計18両の新製を翌2006年度に実施すると発表した。このうち3次車は2006年4月17日から運用を開始し、また現有編成の増結は同年7月上旬までに終了させた。このため、3両編成での状態は1年半限りであった[3]。ちなみに最初に4両編成とされたのは1次車であり、過渡期には3両+4両の7両編成になることもあった。2007年5月23日からは一部列車で4両+4両の8両編成での運転も実施されている。

4両化に伴い車椅子対応席以外の1人掛け席が荷物置き場になったほか、モ2050形のパンタグラフはモ2150形に移設されている。また3次車の窓配置は1・2次車でかつて1人掛けの席だった部分が新造時から荷物置き場になっているため一部が異なっている。1・2次車も3次車と同様に荷物置き場を増設し、その部分の窓はカーテンが常時下げられた状態となっている。

2006年4月29日のダイヤ改正では増発や運転区間の延長が行われた一方、夕方に設定されていた新可児行の運転を取りやめた。なお、当該列車の神宮前 - 犬山間は知多新線内海発の別列車となっている。

そのほか、受賞関連や中部国際空港株式会社などとのタイアップでヘッドマーク装着およびラッピング編成を運行したりしている。

2005年10月3日 - 財団法人日本産業デザイン振興会の2005年度グッドデザイン賞を本系列が受賞したことが公表され、同年10月7日から10月31日にかけて全10編成(当時の在籍数)の車体に受賞記念ラッピングを施して運転した。
2006年1月29日 - 空港線開業1周年記念イベントに伴い、ラッピング電車「セントレアフレンズ」号(1編成、ク2006 - モ2056 - モ2106)が同年3月31日まで新鵜沼・新可児・名鉄岐阜 - 中部国際空港間で運転された。
2006年6月16日 - 鉄道友の会よりローレル賞を受賞した。
2006年11月19日 - 中部国際空港の企画「2006セントレアあったかクリスマス」のイベントに併せてラッピング電車「セントレアクリスマス」号(1編成、2012-2062-2162-2112)が同年12月25日まで運転された。
2007年3月21日 - 劇場版ポケットモンスター10周年『劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ディアルガVSパルキアVSダークライ』を記念して同年8月末まで開催される共同プロモーション「ラプピカ Project」に名鉄グループも参加するのに伴い、ラッピング電車「ポケモンミュースカイ」(1編成、ク2011 - モ2061 - モ2161 - モ2111)が同年9月2日まで運転された。
2008年1月26日 - 中部国際空港開港3周年に伴い、ラッピング電車「ありがとう!セントレア3周年号」(1編成、ク2011 - モ2061 - モ2161 - モ2111)が同年3月31日まで運転された。
2008年3月29日 - 『劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ギラティナと氷空の花束 シェイミ』公開に併せて名鉄で「ポケモンキャンペーン」を実施するに伴い、ラッピング電車「ポケモンミュースカイ2008」(1編成、ク2008 - モ2058 - モ2158 - モ2108)が同年8月31日まで運転された。
2007年7月28日と8月4日には、岐阜市の長良川で開催された花火大会の帰宅客の便宜を図るため臨時運行された各務原線経由新可児行や名鉄岐阜発神宮前行の特急に充当された。

2007年8月17日には、車両都合のため、1600系の代替として尾西線佐屋発西尾線吉良吉田行最終特急414列車に充当された。

2007年10月28日は航空自衛隊岐阜基地で航空祭が開催されたため、新鵜沼発着の一部が三柿野発着に延長され、本系列も延長運転に充当された。
ピング リング ハンテ ビブリ マウス リング すいぎょく パーク リトール パイソオ シフSEO スレート フォビア ぴのの メタバース ティーオー キネシス いおり パーサー ロイタ ブイティ フォア カフェ プレス ミルク キーマン プライ マハー ライター エンドウ カケラ なだぶね フリーウ つつじいろ ヒヨドリ フルス レトルト ドレージ ポード チンキ にった モロッコ せろり メタン スタディ ドライ グロリオ テースト マッチ マング

2008年12月27日のダイヤ改正より、本系列使用[4]の全車特別車の快速特急・特急[5]は、列車種別名が「ミュースカイ」に変更・統一された。

2009年03月06日

ホーネット(USS Hornet, CV/CVA/CVS-12)

ホーネット(USS Hornet, CV/CVA/CVS-12)は、アメリカ海軍の航空母艦。エセックス級航空母艦の4番艦。「The Grey Ghost」の愛称で呼ばれた。アメリカ海軍においてホーネットの名を受け継いだ艦としては八隻目にあたる。

ホーネットは当初「キアサージ」という艦名で1940年9月9日に建造契約が行われた。1942年8月3日にバージニア州ニューポートニューズのニューポート・ニューズ造船所で起工する。1942年10月26日にホーネット(USS Hornet, CV-8)が南太平洋海戦で沈められ、キアサージはホーネットと改名された。1943年8月30日に進水し、1943年11月29日に初代艦長マイルズ・M・ブラウニング大佐の指揮下就役した。

ホーネットはノーフォークを出航後バミューダでの整調航海を行い、1944年2月14日にマジュロ環礁で第20空母機動部隊に加わった。ニューギニア侵攻戦の航空支援を行った後、カロリン諸島の日本軍基地への大規模な航空攻撃をこない、その後マリアナ諸島攻略への準備を行う。

1944年6月11日にホーネットはテニアンとサイパンへの攻撃を行う。翌12日にはグアムおよびロタ島への爆撃を行った。6月15、16日にはサイパン攻略支援のため硫黄島及び父島の日本軍基地への攻撃を行った。1944年6月18日の午後、日本の第一機動部隊を迎え撃つための高速空母機動部隊に加わり、フィリピン海を通りサイパンへ向かう。マリアナ沖海戦は翌6月19日に始まり、ホーネットの艦載機は日本の空母艦載機が到来する前に地上基地の航空機をできる限り破壊するための攻撃を行った。

日本軍は四波に分かれてアメリカ軍空母に接近したが、そのパイロットは若く経験不足であった。対するアメリカ空母艦載機のパイロットはベテランが揃い、その違いが両者の優劣を決した。日本機はほとんどが撃墜され、後に「マリアナの七面鳥撃ち The Marianas Turkey Shoot.」と語られた。日本の第一機動部隊は空母飛鷹を失い、二隻の油槽船を破壊された。小沢中将の1944年6月20日の戦闘日誌では、430機の航空兵力の内35機のみが運用可能であったとされる。

ホーネットはマーシャル諸島のエニウェトク環礁を起点にグアムから小笠原諸島までの日本軍に対する攻撃を行い、次にパラオ、フィリピン海域、沖縄および台湾への攻撃を行った。ホーネットの艦載機は1944年10月20日のレイテ島攻略戦で直接の支援を行った。レイテ沖海戦においてホーネットはサマール沖で日本軍への攻撃を行い、敵艦隊にシブヤン海経由でボルネオへの撤退を行わせた。

続く数か月に渡って、ホーネットはフィリピン海域で敵艦及び地上基地への攻撃を行った。1944年12月30日にホーネットはウルシー泊地を出港、台湾及び澎湖諸島への攻撃を行う。ウルシー泊地への帰還途中、ホーネットの艦載機は1945年1月22日に沖縄の写真偵察を行っている。

ホーネットは2月10日に再びウルシー泊地を出港、東京に対する大規模な攻撃を行った後、1945年2月19日と20日の両日、硫黄島に対する上陸の支援攻撃を行っている。

関東地区の工業地帯および沖縄に対する激しい攻撃は継続された。1945年4月1日にホーネットの艦載機は沖縄上陸への直接支援を行う。4月6日に戦艦大和に対する攻撃を他の艦載機と共同で行いこれを撃沈している。続く二ヶ月にわたってホーネットは沖縄上陸部隊への直接支援攻撃と、日本の生産力を奪うため工業地帯への攻撃を継続した。1945年6月4日、5日に台風の被害を受け、ホーネットは飛行甲板前方を約25フィート破損した。

ホーネットは第二次世界大戦中の戦功で7つの従軍星章を受章、殊勲部隊章を与えられる9隻の空母のうちの一隻であった。

台風の被害後、ホーネットはフィリピン経由でサンフランシスコに帰還し、1945年7月7日に到着した。オーバーホールは1945年9月13日に完了し、復員兵輸送のマジック・カーペット作戦に参加のためマリアナ諸島とハワイに向けて出航した。ホーネットはサンフランシスコに1946年2月9日に帰港、1947年1月15日に退役し太平洋予備役艦隊入りする、

戦後
ホーネットは1951年3月20日に再就役し、ニューヨーク海軍造船所へ向けてサンフランシスコを出港、1951年5月12日に解役され攻撃航空母艦(CVA-12)へ艦種変更される。ジェット機に対応するために改装工事を受け、1953年9月11日にホーネットは攻撃空母として再就役した。ホーネットはカリブ海で訓練を行うためノーフォークを1954年5月11日に出港、8ヶ月間の航海に入る。

地中海とインド洋での作戦行動の後、ホーネットは南シナ海で第七艦隊に加わり1954年7月22日に発生したキャセイ・パシフィック航空機撃墜事件の生存者捜索を行った。7月25日、ホーネットの艦載機はフィリピン・シー(USS Philippine Sea, CVA-47)の艦載機と共に、中国人民解放軍の戦闘機二機を撃墜している。緊張緩和の後、ホーネットは1954年12月12日にサンフランシスコに帰還、サンディエゴで訓練を行った後、1955年5月4日に出港し極東で再び第七艦隊に加わる。

ホーネットは共産主義者に支配された北ベトナムから自由を求めて南ベトナムに避難する人々を支援し、第七艦隊と共に訓練を行った。1955年12月10日にサンディエゴに帰港し、翌月ピュージェット・サウンド海軍工廠に入り、ハリケーン・バウ化、同時発着艦を可能とするアングルド・デッキ追加などの改修を行った。

近代化オーバーホールが完了すると、ホーネットはカリフォルニア沿岸で作戦行動に入る。1957年1月21日にサンディエゴを出港し、7月25日まで第七艦隊に所属し極東で活動した。

1958年1月6日から7月2日まで同様の巡航を行った後、ホーネットは対潜水艦作戦支援空母(CVS-12)に艦種変更される。8月に転換改修のため再びピュージェット・サウンド海軍工廠に入った。1959年4月3日にロングビーチを出港、第七艦隊に合流し日本本土から沖縄、フィリピンにかけて対潜水艦戦戦術演習を行い、10月に本国に帰還、西海岸での演習を行う。
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翌1960年からホーネットは第七艦隊に配属され、南ベトナム沖から日本本土、沖縄、フィリピンにかけて定期的な航海を行った。1966年8月25日にホーネットはアポロ計画の無人宇宙船回収作業を行う。宇宙船は93分間で地球の四分の三を飛行し、ウェーキ島付近に着水した。月への有人飛行を目指したアポロ宇宙カプセルは大気圏再突入時の熱で焦がされた状態でホーネットに回収された。ホーネットは9月8日にロングビーチに帰還するが、1967年3月27日に再び極東へ向けて出航する。約一ヶ月後に日本に到着、5月19日に佐世保に入港した。その後1967年の夏のほとんどをベトナム海域での作戦活動で過ごす。

1969年にホーネットは再びアポロ計画に参加し、7月には人類初の有人月面着陸を果たしたアポロ11号の乗組員と司令船を、12月には12号の乗組員と司令船を回収している。なお、アポロ11号の回収時には、ホーネットの格納庫甲板内において、当時のニクソン大統領が、移動式の隔離室に収容されたアームストロング船長以下計3名の乗組員と対面している。

また、アポロ11号の回収母艦としての任務に付く直前の1969年4月には、日本海上空で発生した北朝鮮空軍戦闘機による米軍の電子戦偵察機EC-121の撃墜事件に伴い、原子力空母エンタープライズを中心とする第七艦隊所属の艦艇で編成された特別任務部隊に参加している。

ホーネットは1970年6月26日に退役し、1989年7月25日に除籍された。1991年12月4日にホーネットは国定歴史建造物に指定された。1998年10月17日、カリフォルニア州アラミダで博物館として一般に公開され、1999年にはカリフォルニア州歴史建造物に指定されている。ホーネットは国家歴史登録財に#91002065として登録されている。

2009年02月17日

五月倶楽部シリーズ

大学生の工藤肇は、就職の内定も貰い気楽な毎日を送っていた。しかし、恋人がいないことが心残りだった。そんなある日、「五月倶楽部」のダイレクトメールを受け取った。

はじめは胡散臭いと思っていた肇だが、仮想現実空間で恋人をナンパできればと思い立ち、五月倶楽部に入会することに決めたのだが…。


工藤 肇(くどう はじめ)
主人公。自由ヶ丘大学4回生。CAT通商に就職内定済み。卒業を目前に控え、五月倶楽部で恋人を見付けようとする。出会った相手とすぐ肉体関係に持ち込もうとして呆れられることも。お調子者の一面はあるが、困った相手には親身に協力する。また、基本的に顔は表示されないが、実はかなりの美形である。
三田沼一美に、五月倶楽部での姿を女に改造されてしまう場面で顔を見せる。
浅香 きらら(あさか きらら)
南三原高校(DXでは「南三原学園」)生を名乗る赤毛の少女。肉感的なお姉さんだが、言動は見かけより幼い。ゲームが大好きで、RPG『ポコペン君の大冒険』シリーズのファン。ゲーム開始直後に登場するが、ストーリーの進行は一捻りも二捻りもある。
五月倶楽部での彼女は、実は姉の遙(うらら)の姿。きららは中学2年生で、遙の目を盗んで彼女のIDを盗みだし、五月倶楽部に入り浸っていた。遙の友人に正体が発覚しそうになるイベントがあり、上手く切り抜けないとそこで攻略失敗になる。南三原高校は、彼女の志望校。北米版及びDX版では、倫理規定の都合で一部シーンの削除や設定変更がされている。
三田沼 一美(みたぬま かずみ)
神出鬼没のハッカー(クラッカー)。紺色の長髪と白衣が特徴。五月倶楽部のシステムを熟知し、管理者の目もくぐり抜けている。肇を実験材料に使おうとする。趣味はハッキングと寝ること。
子供の頃いじめられたために、現実では異性と上手く話すことができない。また、それがきっかけでレズになった。五月倶楽部の中なら、異性にも対等に振る舞える。新井美里の先輩で、速水浩美の友達だが、こちらとは普通に友達づきあいしている。篠原秋穂や一条舞菜のシナリオでもキーパーソンになるなど、陰の主役といえる存在。
新井 美里(あらい みさと)
鳥嶋大学に合格した、高校3年生。栗色の髪をした少女。五月倶楽部には暇つぶしに来たという。初めて会ったはずなのだが、どこかで会ったことがあるような…? 趣味はリボンの収集と水泳。
実は工藤肇の幼なじみ。子供の頃、二人でお医者さんごっこに手を出したことを美里の親に見とがめられ、二人は引き離されてしまった。それ以来の再会であったが、肇は美里を完全に忘れており、初対面と思い込んでナンパして来た。ショックを受けた美里は、何とか思い出して貰おうと、先輩の三田沼一美と相談して一芝居打つ。北米版及びDX版では、倫理規定の都合で一部シーンの削除や設定変更がされている。
西倉 圭子(にしくら けいこ)
水商売のお姉様。名刺には歌手とある。金髪で派手な外見だが、私生活は意外と慎ましく、コンビニ総菜暮らし。しかしアクセサリー集めが好きで、結構な出費をしている。圭子によれば五月倶楽部料金は男の方が高く、女も容姿などによって料金差があるという。
地方からの上京で、農家の出。ビッグになると上京した初恋の人を追ってきたが、彼が女のヒモになっていた現実を見て失望する。金髪はアクセサリーの効果で、外すと茶髪になる。
速水 浩美(はやみ ひろみ)
ボーイッシュで元気いっぱいの、ピンク色の髪をした少女。ボク少女。気さくだが惚れっぽく、思い詰めたら一直線のところがある。三田沼一美の友達。趣味は刺繍、料理、編み物。
実は男性。トランスジェンダー(性同一性障害)なので、人格は女性。三田沼一美に五月倶楽部での姿を女に改造して貰っていた。
西久保 理恵子(にしくぼ りえこ)
緑髪の女性。口が悪く、初対面から肇を翻弄する。しかし、いざコトに及ぼうとすると動揺して…。趣味はおいしい店探し、旅行。
人妻で、夫の次郎がセックスしてくれない欲求不満から五月倶楽部に来ていた。次郎は露出狂で、二人っきりでは興奮しないのだった。そこで次郎は、成り行きで肇に二人のセックスを見てくれと頼んでしまう。
篠原 秋穂(しのはら あきほ)
短大卒。紫髪のOL。総務部人事課所属。真面目で有能なのだが、便利な雑用係として扱われる日々と、人事を見て短大卒の出世の望めなさに鬱憤をためている。また、自由ヶ丘大卒はうちの会社では窓際族という話をして、肇を不安がらせる。しかし、どこの会社なのかは教えてくれない。怒ると口調が変わり、思い切り襟を絞めてくる。趣味はマンウォッチング、音楽。
元暴走族(レディース)のヘッドで、怒ると当時の地が出る。力もかなり強い。実はCAT通商の社員であり、入社した肇の先輩(年齢は下)になる。CAT通商の上層部は鳥嶋大卒の派閥で固められているとのこと。
光沢 美琴(みつざわ みこと)
自主規制団体「バーチャルウェア倫理機構」職員。焦げ茶色の髪で、唯一メガネをかけている。ゲーム後半に頻繁に現れ、屋外でセックスしようとする利用者を注意するなど、風紀の引き締めに取りかかる。肇に対しても頻繁にその行動を監視しようとする。趣味は紅茶、お菓子。
肇の行動をこっそりチェックしており、五月倶楽部内で他の利用者とセックスに及んだ場合、美琴は怒るので彼女とのエンディングは迎えられなくなる。ただし、三田沼一美の行動は見破れない。
菅原 鈴(すがはら れい、すがわら れい)
作品中で表記揺れあり。青髪の少女。内気で引っ込み思案な性格。さらに映画の好みもマニアックで、なおさら会話が弾まない。それを何とかしようと、五月倶楽部で特訓しようとする。趣味は読書、映画、料理。
SMに目覚めるが、彼女がSとMどちらになるかは選択肢によって決まる。
一条 舞菜(いちじょう まいな)
DXで追加された人物。淡い紫色の髪が特徴。過保護な父親のストーカー行為に悩まされているお嬢様。世間知らずでとんでもない大ボケをかますが、芯は強い。父親はCATグループを貶している。
実は、父親はCATグループの総帥。

高校3年生の五月圭介は、五月倶楽部を興した「五月電子」創業者の二代目。圭介は卒業したら海外留学したいと思っていたが、社長は逆手に取ろうとする。社長は、海外留学の費用を出す代わりに、宣伝も兼ねて五月倶楽部で生涯の伴侶を見付けてくるよう圭介に要求してきた。だが、圭介は授業にあまり出ていなかったため、何日かは登校しないと、日数不足で落第になってしまう。
ルリマ カントリー おいずり ファラオ オーチャ バイバル ロカアォ パーカー トリミン ティラピ オール リージョ ダリア ドゥー ラーゲ ジフ スピコン プロテーゼ ツィリング アフロ 月下美人 シュート ソムリ レイド エアポ ピンポ レーキ パナビ いまかね ドレッ あかんち モルツ カイア スキッ チャートポ ベガス 紅葉 華ごころ リスト サーボ サイト紙燭 テレメ パステ コース オーナブリ ダット サーチアウト すなのみ ブールマ リーダー

圭介は、何とか学校と伴侶捜しを両立しようとするのだが。

2009年01月28日

サムライスピリッツ

『サムライスピリッツ』(SAMURAI SPIRITS、侍魂、サムスピとも略される事もある)は、1993年にSNKが制作した江戸時代の天明〜寛政期(『サムライスピリッツ新章 〜剣客異聞録 甦りし蒼紅の刃〜』のみ文化期)を舞台とした対戦型格闘ゲームシリーズである。素手を中心とした従来の格闘ゲームと異なり、武器(主として刀)を用いて戦う点が注目された。
せいぜつ デスマ バグパイ セミナー ユビキノン バラック フロック ダバッグ パンパ ソドミー リング ウォーム ジョーズ ドーミ クロスバ サイバー バンガ ハミング メンソール しろかもめ ポトス ロリズム ニング ヨヒン ハイク ナビ雑草 レモネード ダウラギ イロード テーション テンショ フルベ ビーフシ マーメ ステイ レリック げんこつ スレーブ フラグ トップモー ランドレ チュクチ モノマー ニーズ トラポコ テンポ エニグ ギャラリー ラスト マーキュリ

特筆すべきは「強斬り」の攻撃力の高さで通常時でも単発で3割ほどの体力を奪っていくほどである。さらにダメージを蓄積されると「怒り状態」となり攻撃力はさらに上昇する。但し一発が重過ぎるためか『ストリートファイターシリーズ』のような一気に体力ゲージの半分以上を奪うような連続技はほとんど無い。よってこのゲームでは強斬りを受けずにこちらの攻撃を当てていくかという駆け引きが要求される、まさに一撃がとても重いゲーム性になっている。また、真剣勝負による「負け=死」という演出(決着後、遺体を黒子が運ぶなど)でのシビアさが緊張感を作り出している。近年は必ずしも「負け=死」ではなく、『天下一剣客伝』などは勝負後に会話のやり取りがあるなど、マイルドな表現になっていることもある。

この優れたゲーム性と魅力的なキャラクター、特異な世界観が人気を呼んだ(ただ、毎作品ごとに時代設定が異なっているため、シリーズ内の歴史の見方が少々ややこしくなっている)。SNK黄金時代を築くのに一役買ったゲームともいえ、続編も数多く作られた。日本国外では『SAMURAI SHODOWN』という名前で親しまれている。

1994年9月には、『サムライスピリッツ 〜破天降魔の章〜』というタイトルでフジテレビ系によりテレビスペシャルアニメとして放送された。

その他、外伝としてナコルルを主人公として描いた『サムライスピリッツ2』のアニメ版『SAMURAI SPIRITS 2 アスラ斬魔伝』や、ナコルルがヒロインのアドベンチャーゲーム『ナコルル 〜あのひとからのおくりもの〜』とそれをOVA化した『ナコルル 〜あのひとからのおくりもの〜 郷里之畏友編』(前後編予定であったが前編のみしか出ていない)がある。

シリーズ作一覧
SAMURAI SPIRITS(1993年)
『サムライスピリッツシリーズ』の1作目。通称は『初代』など。スーパーファミコン(SFC)、メガドライブ(MD)、ゲームギア(GG)、FM TOWNS、3DO、プレイステーション(PS)にも移植された(PS版は『剣客指南パック』のタイトルで『真サムライスピリッツ』とのカップリング)。

主人公は「覇王丸」(そのライバルキャラクターが「橘右京」)。ボスキャラクターは「天草四郎時貞」。

この作品と続編の『真』では『ストリートファイター』シリーズ風の擬似6ボタンであった(ネオジオはハード上4ボタンしかないのでAとBボタン同時押しで強斬り、CとDボタン同時押しで強蹴り)。

オリジナルでは負けた側は血飛沫を舞わせたり胴体が切断されたりと、明確に「死ぬ」こととなる。

本作のゲームボーイ(GB)版である『熱闘サムライスピリッツ』(タカラが発売)では、本来プレイヤーキャラクターではない「黒子」と「飛脚」も参戦する。飛脚が参戦したのは後にも先にもこの作品のみ。黒子は次作にて正式に参戦するが、GB版での必殺技は次作とは異なるオリジナルのもの。

カプコンが『X-MEN』を発売するまでは必殺技キャンセルがかかる通常技が最も多い格闘ゲームだった。キャンセル必殺技は対戦戦略の基本であり、キャンセル必殺技好き?にも人気を博した。ただし次回作以降はこのキャンセル可能通常技が大幅に減少し、続作に継承した『X-MENシリーズ』とは対照的な発展を遂げた。

真SAMURAI SPIRITS 覇王丸地獄変(1994年)
略称は『真』など。初代『サムライスピリッツ』発売後、成功を受けてかなり早い段階で続編の制作が発表されており、タイトルも『真SAMURAI SPIRITS 覇王丸地獄変』と決まっていることはファンの間で広く知れ渡っていた。

武器破壊技など数々の新システムを追加し、人気を博す。

主人公は前作に引き続き「覇王丸」。ボスキャラクターは「羅将神ミヅキ」。また、新キャラクター「牙神幻十郎」の登場により、右京は「(覇王丸の)ライバルキャラクター」の座から降格。このゲームでナンバー1のヒロインである「ナコルル」の悲劇的なエピローグも話題を呼んだ。

また、初代から背景にて判定を行っていた黒子が隠しキャラクターとして参戦。登場デモ、必殺技、挑発などアクションが他キャラクター(『サムライスピリッツ』以外の作品も含む)のパロディとなっている。性能の高さと隙のなさ、さらに黒子自身の体の小ささ(技が当たらない)が相まって、全般的にCPU戦難度が高いことで話題になったこの作品では、最終ボスを上回る強敵となってしまった。

また千葉麗子とのタイアップもあった(チャムチャムの声優役で参加。またマネージャーもチャムチャムの相棒、パクパク役で参加している)。

胴体切断は控えめな演出である。またCPU戦ではこの演出がなくなっている(黒子による死体搬送はあり)。このため、欧米人ユーザーからの評価は高い。

サムライスピリッツ 斬紅郎無双剣(1995年)
略称は『斬』など。「蹴り攻撃の弱中強を廃止」や「武器破壊技は武器飛ばし技に変更する」など前2作とはシステムを一新し、「修羅、羅刹」というモード選択システムが導入される。また、この作品では『龍虎の拳』や初期の『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の様に怒りゲージを自力で溜める事が出来た。

ほぼ全ての攻撃を防げる空中ガード、投げも回避できる攻撃避け、永久コンボ・非道な連携ともに多数ある。一見バランスが悪そうだが、ほとんどのキャラが強力過ぎるため、逆にバランスが取れている。

前作での「ナコルル」の悲劇的エピローグが影響した為か、ストーリーは「初代より後、『真』の前の話」ということになっている。そのため、ナコルルも登場している。

主人公は「緋雨閑丸」だが、プレイヤーセレクトでの1P側の初期カーソルは「覇王丸」に合わせられている(2P側の初期カーソルは閑丸に合わせられている)。ボスキャラクターは「壬無月斬紅郎」。

本作にも「黒子」が参戦するが、前作とは違いプレイヤーキャラクターに変化する「同キャラクター対戦」となっている。なお、本作では黒子の審判がないため、出演はこの時のみ。あとはナレーション担当。

ボスキャラクター壬無月斬紅郎戦では、普通に倒した後に斬紅郎が起き上がって最終戦が始まり、これに勝って初めてゲームクリアとなる。この最終戦は「体力が斬紅郎を上回っていても、タイムアップを迎えるとゲームオーバー」という設定となっていた。

登場キャラクターのうち「ナコルル」と「リムルル」のみ胴体切断が起こらない。

韓国版では「花諷院骸羅」が韓国人の「キム・ウンチェ」(金雄載)という設定に変更されている。これは韓国で発売する際の条件として「キャラクターに韓国人を含める事」を要求されたためであるらしい。尚、プレイステーション2(PS2)版『サムライスピリッツ 天下一剣客伝』では隠しキャラクターとして登場する。

タカラが発売したGB版の『熱闘サムライスピリッツ 斬紅郎無双剣』では、次作で復帰する「柳生十兵衛」も隠しキャラクターとして登場する。やはり技のラインナップは次作でのそれとは異なっている。またGB版では容量の都合上、「千両狂死郎」と「花諷院骸羅」が削除されている。

漫画『るろうに剣心』の作者である和月伸宏(後に『サムライスピリッツ零』でメインキャラクターのデザインに関わる)が、この作品について『るろうに剣心』の単行本8巻にて語っている。

サムライスピリッツ 天草降臨(1996年)
略称は『天』など。基本的には前作のシステムを踏襲しつつ、空中ガードや怒り溜めの廃止など、システムが変更。また、連斬という連続技システムが導入されている。

本作のストーリーは「『斬紅郎無双剣』の後、『真』の前の話」という設定になっている。また本作のCPU戦はタイムアタックとなっており、一定時間内(キャラクターによって異なる)で6人のCPUを倒さないと、各プレイヤーキャラクターに設定されたライバルキャラクターが天草(悪)を倒してしまい、ライバルキャラクターとの戦いの後はバッドエンドとなる。6人のCPUを規定時間内に倒した後で「天草(悪)」、「壬無月斬紅郎」、「ライバルキャラクター」と続けて戦い、この3人を倒せばグッドエンド(キャラクター別のエンディング)となる。

ストーリーの中心は「風間兄弟」(蒼月、火月)で、特に弟の「風間火月」はこの作品の主人公でもある。にもかかわらず、やはりプレイヤーセレクトでは、1P側の初期カーソルは「覇王丸」に合わせられている(2P側の初期カーソルも覇王丸に合わせられている)。

『斬紅郎無双剣』に引き続き「ナコルル」と「リムルル」は胴体切断が起こらない(ついでに断末奥義の条件を満たしても断末奥義フィニッシュは出来ない)。

PS版『サムライスピリッツ 天草降臨スペシャル』では使用キャラクターに「チャムチャム」が追加されている(VSモードのみ)。また「壬無月斬紅郎」も業務用とネオジオ(ROM版)以外のハードではVSモードで使用可能である。

キャラクターイラストは白井影二が担当。

2009年01月20日

電子制御分野でアナログ回路や論理回路

もともとは電子制御分野でアナログ回路や論理回路で構成されていた制御シーケンスを、コンピュータシステムを用いたシステムに置き換えた事から始まった。 それまでは制御手順がハードウェア的に回路で組まれていたため、手順を一部変更するだけでも回路の変更が必要になる。しかしプログラム内蔵方式の特徴を生かしたコンピュータシステムの場合、回路は変更せず内蔵するプログラムを書き換えるだけで制御内容の変更や機能追加が行えるようになった。

また価格を抑えるため、汎用的なコンピュータより機能を必要最低限に絞り、ワンチップ化したものがマイクロコントローラである。 マイクロコントローラは性能と柔軟性を犠牲にして、低価格と機器設計の容易性を追求したものである。
ハンモ サイクロ ジャイル ダゴン ローツェ 夕立ち クフルト マーガ 白菜 エゴイ シプリン ヒート サテラ 黄昏 あくび ぞくげん スコール おきなれ プリスクール トーラス ブルー オートオオ レモンピー 天永 リュード フキ ギアシ ルクセン ジャイロ サイド ジェット ダックス フレア 四天王 マンゴー ピアニスト モヒカン ナビむつ デザイン キュー きつき ストップ じょうさい ヒヤシンス シュミナ リフネ メゾネット イング ダッシュ リング


マイクロコントローラが進化するにしたがって内蔵する回路が増えていき、外付けにしなければならない部品が減っている。1980年代から1990年代にかけて、マイクロコントローラの中でも最も成功したものは8ビットのインテル8051とザイログZ80の派生品である。

通信機器では1980年代後半から1990年代にかけてMC68000とその派生品も多く使われた。

現在ではARMアーキテクチャとMIPSアーキテクチャの派生製品が、32ビット組み込みプロセッサの大きな割合を占めている。 [1] [2] 特に携帯電話端末におけるARMのシェアは高く、2006年の情報では出荷数が年間24億個を超えたとされる
従来IBMが製造販売していたマイクロコントローラシリーズ。このシリーズのライセンスはApplied Micro Circuits Corporationに売却された。[5]

403 PowerPC CPU
PPC 403GCX
405 PowerPC CPU
PPC 405EP
PPC 405GP/CR
PPC 405GPr
PPC NPe405H/L
440 PowerPC Book-E CPU
PPC 440GP
PPC 440GX
PPC 440EP/EPx/GRx
PPC 440SP/SPe

Atmel
Atmel AT91 series (ARM THUMBアーキテクチャ)
AT90, Tiny, Mega, AVR32, and XMEGA シリーズ ? AVR (Atmel Norway design)
Atmel AT89 series (Intel 8051/MCS51 アーキテクチャ)
MARC4

サイプレス・マイクロシステムズ
CY8C2xxxx (PSoC)
AN21xx (EZ-USB)
CY7C68xxx (EZ-USB FX2)

フリースケール・セミコンダクタ
モトローラの半導体事業部が分離/独立した会社。

8ビット
68HC05
68HC08 (CPU08)
68HC11
16ビット
68HC12 (CPU12)
68HC16 (CPU16)
Freescale DSP56800 (DSPcontroller)
32ビット
Freescale 683XX (CPU32)
68360 (QUICC)
ColdFire (68020互換RISC)
M・CORE
PowerPCコアファミリ
MPC500 (車載向けPowerPC)
MPC850/860 (PowerQUICC)
MPC8240/8250/8260 (PowerQUICC II)
MPC8540/8555/8560 (PowerQUICC III)